高肇 ( こうちょう )

publish: 2021-08-07, update: 2021-10-25

王朝

章節

retsuden

?-515年。字は首文。高颺の子。高照容の兄。外戚。渤海郡蓨県の人。元恪の代に尚書令、平原郡公まで昇る。元詳、于皇后、元昌、元愉、元勰の死に関与したほか、多くの諸王を幽閉した。元詡が即位すると、元雍や于忠らによって排除が計画され参朝するところを殺害された。

関連

楊大眼

?-518年。後仇池の王・楊難当の孫。国内の反乱や梁の国境を転戦した。飛ぶように走るなど身体に優れ、その武勇は関羽や張飛に比肩された。豪傑としての逸話は豊富に残る。文盲だったが記憶力に優れた。鍾離の戦いでは兵卒に降格となったが、後に復職した。

賀抜岳

?-534年。字は阿斗泥。賀抜度抜の子。賀抜勝の弟。武川鎮の出身で、爾朱栄の下で転戦して功を立てた。爾朱天光の副将として関中に入ったが、爾朱天光が高歓に敗れたため、高歓に帰順した。元脩と高歓の対立にあって、元脩の信任を得るが、その勢威を恐れた高歓に暗殺された。

楊逸

500年-531年。字は遵道。弘農郡華陰県の人。楊津の子。河陰の変では爾朱栄に従い、孝荘帝・元子攸を河陽に迎えた。元子攸が爾朱栄を粛清すると活路を一族で協議したが、爾朱仲遠の使者により殺害された。行政に優れてその慧眼を千里眼と畏敬され、成語としての千里眼の語源となった。
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