雲台二十八将

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概要

後漢の光武帝・劉秀の創業を支えた功臣二十八人の総称。 第二代皇帝・明帝・劉荘が洛陽南宮の雲台に二十八将の肖像画を描かせたことに由来する。 後に雲台には王常、李通、竇融、卓茂の四人が追加されたため、この場合「雲台三十二将」と称される。

雲台二十八将の諸将はその後、朝廷の要職に就かなかったが、代わりに猜疑を受けて粛清されることもなかった。 このことは、創業時の功臣の多くが粛清された前漢とは対比的である。 鄧禹など一部の要人のみが国政に携わったが、その場合も特進(顧問役、相談役)として責任の集中を避けた。 政治に失政はつきものであり、重職を負わせた結果、輝かしい創業の功が曇らないようにした劉秀の配慮であった。

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