高緯
publish: 2021-11-05, update: 2026-04-19
章節
標籤
556年-577年。字は仁綱。北斉の第5代皇帝。後主。高湛の第1子。父高湛から帝位を譲られて即位した。和士開、高阿那肱、穆提婆ら奸臣を重用したため、斛律光、高長恭などの重臣、王族たちが讒言によって粛清された。北周の攻撃を受けて逃亡するが捕われ後に殺害された。在位2年。
関連
司馬曜
362年-396年。字は昌明。東晋の第9代皇帝。孝武帝。司馬昱の第6子。父司馬昱の死後、桓温の権勢が続く中で王坦之、王彪之、謝安の尽力で即位した。治世は淝水の戦いで前秦を崩壊させるなど東晋の全盛期となったが、謝安の死後は後宮に入り浸り張貴人に暗殺された。在位24年。
宇文憲
544年-578年。字は毗賀突。宇文泰の子。北周建国時に幼くして既に重臣の身であり、益州総管としての治政は善政と評価される。斛律光を相手に善戦し、人心掌握にも優れて人望が厚かった。専横する宇文護の信任を得て朝廷内の調整役を担った。宇文邕の死後、その権威を恐れた宇文贇に殺害された。
劉隆
?-57年。字は元伯。劉礼の子。長沙王・劉発、および安衆侯・劉丹の末裔で、劉秀とは同じ南陽劉氏で遠い縁戚にあたる。劉玄から騎都尉を任命されたが、劉秀に合流した。南郡太守を務めたとき不正により一時庶民に落された。呉漢の死後は、大司馬を兼任した。驃騎将軍、慎侯。