慕容忠 ( ぼようちゅう )

publish: 2021-10-17, update: 2026-04-19

章節

標籤

?-386年。西燕の第5代皇帝。慕容泓の子。慕容瑤の死後、慕容永に擁立された。建武と改元して聞喜まで東進を進め燕熙城を築いて拠点とした。まもなく刁雲に殺害された。

関連

司馬元顕

382年-402年。司馬道子の子。無手の父に代わって権力を握って劉牢之や桓玄を懐柔し、王恭、殷仲堪を排除した。政治は乱暴かつ放恣で孫恩の乱を引き起こした。劉牢之や桓玄に見限られ為す術を持たなかった。建康に入った桓玄によって捕縛され父に先立ち処刑された。

荀攸

157年-214年。字は公達。潁川郡潁陰県の人。荀彝の子。何進が名士を集った時の一人として黄門侍郎を拝した。董卓暗殺を企てて投獄され、董卓の死後、献帝を擁立する曹操に仕えた。多くの献策と推挙を行って魏の創業に大きく貢献した。孫権征討の従軍中に没した。諡は敬。陵樹亭侯。

慕容儁

319年-360年。字は宣英。前燕の第2代王。景昭帝。慕容皝の次男。父の死後王位を継ぐ。石虎の死後混乱する後趙へ出兵し幽州・冀州を制圧する。冉魏を滅ぼして河北を掌握すると皇帝に即位した。河南への進出を企図するなか病没した。在位11年。

page /opt/build/repo/content/dynasties/384_西燕/hongi/6_386_慕容忠.md