高洋
publish: 2021-11-05, update: 2026-04-19
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526年-559年。字は子進。北斉の初代皇帝。文宣帝。高歓の第2子。高歓の死後その勢力は長子の高澄が継ぐが、高澄が蘭京に殺害されたため蘭京を討って地位を固めた。元善見に禅譲を迫り皇帝に即位、北斉を建てた。当初は精力的であったが、後に酒色におぼれた。在位9年。
関連
慕輿根
?-360年。鮮卑の人。早くから慕容皝に服属し、将軍として頭角を現した。後趙戦線で活躍し前燕の中原進出に大きく貢献して太師まで昇った。慕容儁の死後は、傲慢で詭弁を弄し反意を抱いたため、慕容恪によって誅殺された。
慕容評
生没年不詳。慕容廆の子。軍を率いては功を重ね、慕容恪とともに朝政を管掌した。しかし統治には暗く、慕容垂を政敵として離反させ、慕容恪の死後は政治が腐敗した。前秦の攻撃を受けて高句麗へ亡命したが捕縛、送還された。苻堅によって范陽郡太守に任じられ、任地にて没した。
謝玄
343年-388年。字は幼度。謝奕の子、謝安の甥。桓温の辟召を受けて属官となる。謝安に推挙されて北府を管轄し、劉牢之などを登用した。前秦の強勢を退け淝水の戦いでは前秦を大破した。その後の前秦の混乱を好機とし兗・青・司・豫州の四州を平定したが、間もなく病没した。