拓跋翳槐
publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-338年。代の第7代、および第9代王。拓跋鬱律の子。父が惟氏に殺害されると賀蘭部に逃れ匿われた。賀蘭藹頭に擁立されて代王となった。弟の拓跋什翼犍を襄国に送り後趙と修好した。怠慢の賀蘭藹頭を殺したため諸族に離反され鄴へ逃亡した。後趙の後援を受けて拓跋紇那を破り、本拠を大寧から盛楽へ移した。
関連
李庠
247年-301年。字は玄序。李慕の子。李輔、李特の弟。李流、李驤の兄。郡の属官として仕えたが任官を固辞した。斉万年の乱では流民となって蜀へ渡るが、任侠心が強く人望を集めた。趙廞が決起するとこれに従うが、趙廞に勢力を恐れられて誅殺された。
赫連定
?-432年。夏の第3代皇帝。赫連勃勃の第5子。兄赫連昌が北魏に捕らえられると即位した。残党を糾合して一時は関中やオルドス地方を奪還するが北魏の逆襲を受けて失地回復は成らなかった。北魏に圧されて西秦を滅ぼすが吐谷渾の攻撃により捕縛され北魏に送られて処刑された。
王鎮悪
373年-418年。北海郡劇県の人。王猛の孫。王休の子。前秦が崩壊して関中が混乱すると、叔父の王曜に従って東晋へ亡命した。武芸は不得意だったが学問には優れ、推薦を受けて劉裕に仕えた。劉裕の北伐に大きく貢献した。沈田子の救援に譴責をもって応えたため、沈田子の不信を買って殺害された。