宇文邕
publish: 2021-10-11, update: 2026-04-19
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543年-578年。北周の第3代天王。武帝。宇文泰の第4子。兄の宇文覚、宇文毓がいずれも宇文護に殺害されると即位し、後に宇文護を誅殺した。陳と修好を結んで北斉を滅ぼし、北魏分裂以来の華北を統一した。周礼や鮮卑への復古を理想とし仏教と道教を弾圧した。病没。在位18年。
関連
檀道済
?-436年。劉裕に仕えて、桓玄の乱や北伐を転戦して宋朝建国の功臣となった。劉義符の廃位に加担するもその後の罪を逃れた。のちに北伐を行い、対北魏戦線の要として軍の最高職を務めたが、勢威を恐れた劉義隆に殺害された。『三十六計』の著者。
苻堅
338年-385年。字は永固。前秦の第3代皇帝。宣昭帝。苻雄の子。苻生を廃して皇帝に即位した。内政を充実させ、外征では前燕、仇池、前涼、代を立て続けに滅ぼし華北を統一した。淝水の戦いで東晋に大敗すると各地で造反が起こり禅譲を迫る姚萇に殺害された。
鄧羌
生没年不詳。安定郡の人。前秦に仕官して苻生の治世に将軍となった。姚襄を敗死せしめ、張蚝、劉衛辰を捕縛した知勇兼備の将で、苻堅に近侍して万人の敵と評された。清廉で法整備に明るく御史中丞として綱紀粛正に貢献したほか、その剛直な性により苻生や王猛へも諫言した。