宇文邕 ( うぶんよう )

publish: 2021-10-11, update: 2026-04-19

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543年-578年。北周の第3代天王。武帝。宇文泰の第4子。兄の宇文覚、宇文毓がいずれも宇文護に殺害されると即位し、後に宇文護を誅殺した。陳と修好を結んで北斉を滅ぼし、北魏分裂以来の華北を統一した。周礼や鮮卑への復古を理想とし仏教と道教を弾圧した。病没。在位18年。

関連

段宏

生没年不詳。 南燕の尚書左僕射、後に徐州刺史。 後燕の中原喪失時に慕容徳に従った。 慕容超が即位すると公孫五楼による体制に不安を得て、慕容鍾、慕容法らと反乱した。 企ては失敗し北魏に逃れるが、後に東晋に帰順して功を成し、宋の征虜将軍、青州冀州刺史まで昇った。

蕭昭文

480年-494年。字は季尚。蕭斉の第4代皇帝。海陵王。蕭賾の子蕭長懋の第2子。兄蕭昭業が殺害されると蕭鸞に擁立され皇帝に即位した。しかし実体は蕭鸞の傀儡であり、皇太后王宝明の勅令を引き出した蕭鸞によって、廃位、殺害された。在位2か月。

沮渠蒙遜

?-447年。北涼の第3代王。哀王。沮渠蒙遜の第3子。沮渠蒙遜が病に倒れたとき世子で弟の沮渠菩提が幼いため立太子された。北魏と婚姻外交を行ったが、拓跋燾の妹である皇后武威公主が毒殺されると北魏の侵攻を受け捕らわれた。助命されるが財産隠匿の罪で処刑された。

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