班超
publish: 2022-01-30, update: 2026-04-19
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32年-102年。字は仲升。右扶風安陵県の人。班彪の子。班固の弟。班昭の兄。史家の一族に生まれたが、竇固による北伐に従軍して西域の奪還に活躍した。西域を治めることおよそ30年に渡り、西域都護として後漢の版図拡大に貢献した。晩年に本国へ帰還したが、間もなく病没した。
関連
司馬紹
299年-325年。字は道畿。東晋の第2代皇帝。明帝。司馬睿の第1子。司馬睿の死去により即位する。緊張関係にあった王敦に討伐の勅命を出し、王敦の病死も重なって王敦の乱を収束させた。司馬昭による簒奪の経緯を知り皇統の存続を危ぶんだという。若くして病没。在位2年。
司馬熾
284年-313年。字は豊度。西晋の第3代皇帝。懐帝。司馬炎の第25子。司馬衷の死後、即位した。全国の反乱に応対するが、西晋の衰退を止めることは出来なかった。司馬越が洛陽を空にして出鎮したまま病死すると、前趙の攻撃により洛陽は陥落した。平陽に拉致されたのち処刑された。
姚襄
331年-357年。字は景国。姚弋仲の子。姚萇の兄。父の死後、前秦と戦いつつ河北を南下した。淮南に駐屯して東晋の藩屏を成したが、東晋の揚州刺史・殷浩と対立し前燕へ帰順した。許昌、洛陽、平陽と徐々に西進し、関中の攻略を目論んだが、苻黄眉らに敗北し処刑された。