蕭荘 ( しょうそう )

publish: 2021-11-02, update: 2026-08-22

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548年-578年。梁の第8代皇帝。永嘉王。蕭繹の子蕭方等の子。人質として北斉に送られたが、前代の蕭方智が陳霸先に禅譲したとき、北斉の支援を受けて帰還、梁の再興を図る王琳により皇帝に擁立された。陳、北周と交戦するが王琳の敗死により北斉へ亡命した。北斉の滅亡後に病死。

関連

劉義隆

407年-453年。劉宋の第3代皇帝。文帝。劉裕の第3子。兄劉義符が廃されると即位した。兄を殺害した罪で徐羨之らを処刑し朝廷を掌握した。元嘉の治と呼ばれる全盛を築くが、晩年は北魏の侵攻を受けて国内は乱れた。劉劭の廃嫡を考えるが、決起した劉劭に殺害された。在位29年。

陳頊

530年-582年。字は紹世。陳の第4代皇帝。宣帝。陳霸先の兄陳道談の第2子。陳蒨の死去にあたって劉師知や到仲挙らとともに陳伯宗の補佐を託されるが、劉師知や到仲挙を排除して陳伯宗を廃位し、皇帝に即位した。内政に力を注いだが、北斉を滅ぼした北周に圧迫された。在位13年。

王華

385年-427年。字は子陵。琅邪郡臨沂県の人。王廞の子。王恭と王国宝の争いの中で父・王廞が行方不明となり、恩赦を受けるまで逃亡生活の幼少期を過ごした。後に劉裕によって喪中が発せられ、正式に服喪した。劉義隆に仕えて、張邵の失脚後その職務を代行した。

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