斛律羨
publish: 2022-03-11, update: 2026-04-19
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?-572年。字は豊楽。斛律金の子。斛律光の弟。幽州刺史として北辺を長らく治め、強大化する突厥への対処と、優れた治水により兄と共に栄転した。富貴を極めることを危ぶみ、辞職を希望したが許されなかった。斛律光が処刑されると任地にて逮捕され処刑された。
関連
徐光
?-333年。字は季武。頓丘郡の人。張賓の死後、石勒に重用された。父の徐聡は牛医であったが、戦乱のため幼くして王陽に捕らえられ労働に従事した。学識を認められ石勒に取り立てられた。石勒の不興を買って一時幽閉されるが、後に許され顕職を務めた。石勒の死後、石虎に誅殺された。
王鎮悪
373年-418年。北海郡劇県の人。王猛の孫。王休の子。前秦が崩壊して関中が混乱すると、叔父の王曜に従って東晋へ亡命した。武芸は不得意だったが学問には優れ、推薦を受けて劉裕に仕えた。劉裕の北伐に大きく貢献した。沈田子の救援に譴責をもって応えたため、沈田子の不信を買って殺害された。
乞伏暮末
?-431年。西秦の第4代の王。乞伏熾磐の子。乞伏熾磐の死後王位を継承した。北涼の攻撃により北魏への帰順を画策するが果たされなかった。夏の攻撃に降伏し、まもなく赫連定に殺害された。在位3年。