斛律羨
publish: 2022-03-11, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-572年。字は豊楽。斛律金の子。斛律光の弟。幽州刺史として北辺を長らく治め、強大化する突厥への対処と、優れた治水により兄と共に栄転した。富貴を極めることを危ぶみ、辞職を希望したが許されなかった。斛律光が処刑されると任地にて逮捕され処刑された。
関連
司馬亮
?-291年。字は子翼。汝南王。司馬懿の第3子。八王の一人。宗族の長老的存在。賈南風と結託した司馬瑋が専横を揮った楊駿を粛清すると、衛瓘と共に執政にあたったが、賈南風や司馬瑋と対立し殺害された。第2子・司馬矩の子孫は、東晋の汝南王として存続した。
崔季舒
?-573年。字は叔正。博陵郡安平県の人。崔瑜之の子。若くして父を失うも学問に頭角を現し、高琛の属官を経て高歓に重用された。元善見の側近となり「我が乳母」と評されるほど信任される一方で、高澄からも厚く信任され大きな発言力を持った。権力闘争著しい朝廷にあって韓鳳の讒言により殺害された。
魚豢
生没年不詳。雍州京兆郡の人。魏の郎中となるが、そのほかの事跡は不明。私撰である『魏略』、および『典略』を著した。著書のほとんどは唐代後期に散逸し、現存ずるものはごく一部であるが、正史『三国志』を始め、他の史書の引用、転載として継承されたと考えられる。倭国に関する最古の記述と目される。