斛律羨
publish: 2022-03-11, update: 2026-04-19
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?-572年。字は豊楽。斛律金の子。斛律光の弟。幽州刺史として北辺を長らく治め、強大化する突厥への対処と、優れた治水により兄と共に栄転した。富貴を極めることを危ぶみ、辞職を希望したが許されなかった。斛律光が処刑されると任地にて逮捕され処刑された。
関連
司馬道子
364年-403年。字は道子。第8代皇帝・司馬昱の子。琅邪王、次いで会稽王。司馬曜からの信任が厚く、謝安を左遷させると中央の要職を掌握した。やがて酒におぼれて無頓着となり、王国宝と共に朝廷を恣縦した。王恭、桓玄らが反乱すると子に実権を委ねて事態を収拾させた。司馬元顕が失脚すると捕縛、毒殺された。
賀抜勝
?-544年。字は破胡。賀抜度抜の子。初め爾朱栄に従って転戦するが、爾朱氏の内訌が起こると高歓に降った。まもなく高歓と敵対し荊州刺史となるが、北魏の東西分裂に際して東魏側の侯景に攻撃されて梁へ亡命した。その後西魏へ帰還して宇文泰に仕え、北周建国の功臣となった。
王球
393年-441年。字は倩玉。琅邪郡臨沂県の人。王謐の子。王導の玄孫。太守として統治に優れ、中央に入って侍中、州大中正、中書令を歴任した。権臣との過度な交流を避け顔延之ら文人との交友を持った。持病のため解任されたが無官のまま劉義隆の諮問が絶えなかった。