馬成 ( ばせい )

publish: 2021-08-16, update: 2026-04-19

?-56年。字は君遷。南陽郡棘陽県の人。劉秀が潁川を攻略したころ、安集掾、郟県県令代行となった。北方の守備に長け、并州から幽州にかけて防壁、櫓などを建設した。中央に召還されたときには北方への復職を望む嘆願があり中山太守となった。中山太守、全椒侯。

関連

元顥

?-529年。字は子明。北海王。元詳の子。六鎮の乱が起こると、侍中、驃騎大将軍、開府儀同三司、相州刺史など強力な軍権をもって対応した。爾朱栄が政変を起こすと、保身を図って梁へ亡命した。蕭衍に皇帝として擁立され洛陽を攻略するが、爾朱栄の反撃に相次いで敗れ戦死した。

張邕

?-361年。前涼の右司馬。幼い張玄靚を輔弼したが、やがて宋混が亡くなると、宋澄一族を誅殺して朝廷を壟断した。政治を乱したため、前涼の衰退を加速させた。張天錫と争い、進退に極まり自害した。一族は誅殺された。傲慢な人物と評が残る。

夏侯玄

209年-254年。字は太初。豫州沛郡譙県の人。夏侯尚の子。昌陵郷侯。太常まで昇る。若くして名声を高めて曹叡からはその軽薄さを嫌悪された。興勢の役として蜀へ出兵するが成功しなかった。九品官人法の実務を批判した。李豊、張緝らと司馬氏一党を除く政変を企み露見して処刑された。

page /opt/build/repo/content/dynasties/025_後漢/retsuden/56_馬成.md