馬成 ( ばせい )

publish: 2021-08-16, update: 2026-04-19

?-56年。字は君遷。南陽郡棘陽県の人。劉秀が潁川を攻略したころ、安集掾、郟県県令代行となった。北方の守備に長け、并州から幽州にかけて防壁、櫓などを建設した。中央に召還されたときには北方への復職を望む嘆願があり中山太守となった。中山太守、全椒侯。

関連

慕容凱

?-386年。西燕の第3代王。慕容皝の孫。慕容桓の子。慕容恒、慕容永により段随が殺害されると、燕王として擁立された。建明と改元し、諸部族を率いて長安を放棄し東進した。臨晋県に至って慕容恒の弟・慕容韜に殺害された。

傅顔

生没年不詳。前燕の長楽郡太守。李黒の反乱の鎮圧、東晋の諸葛攸による侵攻の迎撃、慕輿根の誅殺、呂護の討伐などに関わった。前燕が衰退すると桓温の北伐を受け、その一軍を率いた朱序に敗れた。その後の事跡は不明。

元愉

487年(以前)-508年。字は宣徳。京兆王。拓跋宏の子。徐州刺史を務め中書監となる。違法な徴収を行い杖罰を受け、冀州刺史に転出した。弟・元懐との対抗意識が強く、冀州にて反乱を起こし皇帝を称した。李平の討伐を受けると連敗して捕縛された。洛陽へ送還中に野王にて死去。高肇に殺されたとも。子は助命され、後に皇籍に戻された。

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