任光
publish: 2021-10-04, update: 2026-04-19
?-29年。字は伯卿。南陽郡宛県の人。宛の吏人であり劉玄の挙兵による混乱で殺されそうになるが、劉賜に助けられ従った。信都郡太守となり、王郎が挙兵した際その使者を斬って李忠、萬脩とともに立て籠った。薊県から逃れた劉秀を迎え河北攻略の拠点となった。信都太守、阿陵侯。
関連
劉準
469年-479年。字は仲謀。劉宋の第8代皇帝。順帝。劉彧の第3子。兄劉昱が蕭道成に殺害されると蕭道成によって擁立された。沈攸之、袁粲は蕭道成打倒に挙兵するが、いずれも鎮圧された。蕭道成に禅譲を迫られ汝陰王に降格された。後に殺害された。在位2年。
段氏
生没年不詳。字は季妃。南燕の献武帝・慕容徳の皇后。 諱が伝わらず段季妃と通称する。 段儀の子。 姉の段元妃と共に才色を兼ね備えて志が高かった。 慕容徳が前秦から離反した時に嫁ぎ、後に后となった。 男子が無く慕容超を皇太子としたが、慕容超即位後は慕容超の廃位に加担し、皇太后を廃された。
桓温
312年-373年。字は元子。桓彝の子。庾翼の後を継いで西府を統括した。成漢の討伐、中原の回復、大規模な土断に成功して、東晋史上最大級の功を成した。司馬奕を廃して司馬昱を擁立し、簒奪の準備を進めたが、謝安らの反対に遭い禅譲は実現しなかった。病没。