司馬衍
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
章節
標籤
321年-342年。字は世根。東晋の第3代皇帝。成帝。司馬紹の第1子。司馬紹の死後即位する。蘇峻の乱では建康が陥落したときに身柄を拘束されるが、乱が鎮圧されると建康に戻った。幼くして即位したため政治は王導、庾亮、温嶠らによって為された。若くして病没。在位17年。
関連
虞翻
164年-233年。字は仲翔。会稽郡餘姚県の人。虞歆の子。会稽太守だった頃の王朗に仕えたのち孫策、孫権に仕えた。古の狂直と評され多くの不快な行跡から孫権の怒りを買って追放同然で交州に左遷された。易経に精通して『易注』を著したほか、天文や医学にも通じる博学であった。
羊献容
?-322年。羊玄之の子。泰山羊氏の出自。母が孫旂の娘であったことから、司馬倫が賈南風を廃位したとき孫秀によって恵帝皇后に擁立された。その後、八王の乱で主導者が入れ替わるたびに廃位と復位を繰り返した。洛陽陥落時には平陽へ連行され劉曜に保護され、後に皇后となった。皇后となること七度に及ぶ。
司馬攸
246年-283年。字は大猷。斉王。司馬昭の第3子。子がいない司馬師の猶子となった。聡明でありながら人徳を有し、宗族の中で一際輿望を集めた。後継問題を背景に、司馬炎から疎まれて、封地への帰国を命じられた。まもなく病没。司馬攸帰藩事件として、八王の乱の初端と解される。