王恭
publish: 2022-02-03, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-398年。字は孝伯。太原郡晋陽県の人。王蘊の子。司馬曜の皇后・王法慧の兄。外戚。謝玄亡き後の北府軍を継承した。王国宝によって軍権を解任されると殷仲堪と挙兵して、司馬道子に王国宝を処刑させた。司馬道子討伐のために再度挙兵したが、調略された劉牢之に敗北し処刑された。
関連
顧愷之
生没年不詳。字は長康。晋陵郡無錫県の人。顧悦之の子。桓温や殷仲堪の属官を務め、晩年は中央に入って散騎常侍となった。多才であり才絶、画絶、癡絶の三絶を備えると云われ、多くの名画を残して画聖と称される。肖像画を得意とし描線の美を知らしめた。真筆は散逸したが模写が傑作と評価されて残る。
慕容恪
?-367年。字は元恭。慕容皝の第4子。後趙、宇文部、高句麗を相手に多くの戦線に従軍した。後趙滅亡を機に中原へ進出し版図を広げた。治政にも優れ前燕の最盛期を築いた。病没。当代随一の宰相、将軍として歴史に残る。武廟六十四将に数えられる。
阮瑀
?-212年。字は元瑜。陳留郡の人。蔡邕に師事し奇才の評価を得た。曹操に仕えて司空軍謀祭酒を務めた。文章に優れて数々の公文書の起草に携わったが、詩の評価は高くない。建安の七子の一人。子の阮籍、孫の阮咸はともに竹林の七賢に数えられる。