司馬元顕
publish: 2021-08-06, update: 2026-04-19
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382年-402年。司馬道子の子。無手の父に代わって権力を握って劉牢之や桓玄を懐柔し、王恭、殷仲堪を排除した。政治は乱暴かつ放恣で孫恩の乱を引き起こした。劉牢之や桓玄に見限られ為す術を持たなかった。建康に入った桓玄によって捕縛され父に先立ち処刑された。
関連
劉毅
?ー412年。字は希楽。小字は盤龍。沛郡沛県の人。徐州で任官して桓弘の属官となった。桓玄が楚を立てると劉裕、何無忌と共に挙兵して江北を制圧した。東晋復興と続く盧循の乱で功績を残したが、自負が強く劉裕と折り合わず、劉裕から謀反の嫌疑をかけられて自害した。
源賀
407年-479年。禿髪傉檀の子。元の姓名を禿髪破羌という。西秦によって南涼が滅亡すると北涼、次いで北魏に亡命した。北涼攻略では先導を務めて功を立てた。拓跋余が宗愛に殺害されると、禁軍を率いて宮中を制圧し拓跋濬を擁立した。病没。
段韶
?-571年。字は孝先、小名は鉄伐。武威郡姑臧県の人。段栄の子。母・婁信相が高歓の妻・婁昭君の姉であったため高歓から信任され栄転した。歴戦の将軍でありながら地方行政の治績が高く宰相職を歴任した。斛律光、高粛ともに北斉を支えた重鎮。病没。