王浚
publish: 2021-04-24, update: 2026-04-19
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252年-314年。字は彭祖。王沈の子。都督幽州諸軍事として幽州の軍事を総括した。辺境の地の利を活かして三王起義ではどちらにも与せず、司馬顒、司馬穎と敵対した。鮮卑と修好する一方で、劉琨と内訌した。西晋が著しく弱体化すると帝位を狙ったが石勒に滅ぼされた。
関連
張重華
330年-353年。字は泰臨。前涼の第5代君主。桓公。張駿の次男。張駿の跡を継ぐ。張駿の死を好機ととらえた後趙に領土を侵されるが国威を維持し続けた。後趙が滅ぶと勃興した前秦と争った。徐々に政務を怠り佞臣を蔓延らせた。病のため死去。在位8年。
蕭棟
?-552年。字は元吉。梁の第3代皇帝。豫章王。蕭歓の子。蕭衍の曾孫、蕭統の孫。侯景の乱の中、蕭綱を廃した侯景に擁立されて皇帝に即位するが、3か月後には侯景に禅譲を迫られた。侯景を滅ぼした蕭繹に救出されるが、蕭繹の意で殺害された。
李輔
?-303年。字は玄政。李慕の子。李特の長兄。巴氐族の出身。略陽郡臨渭県の人。斉万年の乱が起きると一族が蜀へ避難するなか実家に留まった。趙廞が乱を起こすと弟たちと合流し乱を鎮めた。李特が自立を強めて羅尚と対立すると驃騎将軍となったが、羅尚の奇襲を受けて李特と共に戦死した。