蕭琛
publish: 2021-11-01, update: 2026-08-22
480年-531年。字は彦瑜。南蘭陵郡蘭陵県の人。蕭恵訓の子。若くして才能を発露させ一族の蕭恵開は我が一族を興すだろうと評した。太学博士から昇進を重ねて度重なる政変でも官職を維持し、蕭衍からは宗老と敬慕された。侍中・特進・金紫光禄大夫まで昇る。
関連
慕容沖
359年-386年。西燕の初代皇帝。慕容儁の子。前燕の中山王。慕容恪死後の大司馬を後任した。慕容垂の挙兵に応じて河東にて挙兵するも、竇衝に敗れて慕容泓と合流した。慕容泓を殺害した高蓋らに皇太弟として擁立された。慕容暐が処刑されると皇帝に即位した。帰郷しようとする鮮卑諸族を統制できず左将軍・韓延に殺害された。
江総
519年-594年。字は総持。江紑の子。西晋から続く名門貴族の出身。尚書令の重職にありながら詩文を作るのみで、狎客と批判を受けた。陳叔宝の政治的暗愚を助長し、奸臣とも評される。優れた詩文は高く評価されるが、亡国の臣という経歴を伴って軽薄だとも評価される。
堅鐔
?-50年。字は子伋。潁川郡襄城県の人。劉秀が河北攻略中に推挙されて主簿となった。河北平定、洛陽攻略に功があった。萬脩とともに董訢を討伐すると鄧奉の反乱に遭い一年に渡って孤立したが、劉秀の親征まで任地を死守した。左曹、合肥侯。