羊侃
publish: 2021-11-02, update: 2021-11-03
495年-549年。字は祖忻。羊祉の子。もとは北魏の武官であったが、梁に亡命した。侯景の降伏に反対するも受け入れられなかった。侯景の乱では建康防衛の指揮を執り、数カ月にわたって籠城した。建康防衛の最中に病没し、間もなく建康の台城は陥落した。
関連
蕭繹
508年-555年。字は世誠。梁の第4代皇帝。元帝。蕭衍の第7子。侯景の乱による新政権を認めず、同時期に反乱を起こした諸王の一人となった。侯景の乱を終息させ江陵にて皇帝に即位した。蜀に割拠した蕭紀を西魏に攻撃させたため蜀を失陥した。西魏の後援を受けた蕭詧に殺害された。
蕭琛
480年-531年。字は彦瑜。南蘭陵郡蘭陵県の人。蕭恵訓の子。若くして才能を発露させ一族の蕭恵開は我が一族を興すだろうと評した。太学博士から昇進を重ねて度重なる政変でも官職を維持し、蕭衍からは宗老と敬慕された。侍中・特進・金紫光禄大夫まで昇る。
蕭綱
503年-551年。字は叔達。梁の第2代皇帝。簡文帝。蕭衍の第3子。兄蕭統の死後立太子された。蕭衍の死後、侯景の監視下のもと皇帝に即位した。侯景の傀儡であったが、侯景政権を認めない諸王の反抗に遭った侯景の保身により廃位され殺害された。在位2年。