蕭綱 ( しょうこう )

publish: 2021-11-02, update: 2026-08-22

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503年-551年。字は叔達。梁の第2代皇帝。簡文帝。蕭衍の第3子。兄蕭統の死後立太子された。蕭衍の死後、侯景の監視下のもと皇帝に即位した。侯景の傀儡であったが、侯景政権を認めない諸王の反抗に遭った侯景の保身により廃位され殺害された。在位2年。

関連

蘇峻

?-328年。字は子高。長広郡挺県の人。西晋の安楽相・蘇模の子。永嘉の乱では掖県にて塢壁を築き、内外の評価を得た。青州を実効支配した曹嶷の討伐を受けると広陵へと避け、東晋の麾下に入った。王敦の乱で功績を挙げ高位に上ると、庾亮に異心を疑われ反乱した。一時は建康を落すも陶侃らの反攻を受け敗死した。

張邕

?-361年。前涼の右司馬。幼い張玄靚を輔弼したが、やがて宋混が亡くなると、宋澄一族を誅殺して朝廷を壟断した。政治を乱したため、前涼の衰退を加速させた。張天錫と争い、進退に極まり自害した。一族は誅殺された。傲慢な人物と評が残る。

元詡

510年-528年。北魏の第8代皇帝。孝明帝。元恪の第2子。父元恪の死後即位するが幼年のため、胡太后の垂簾聴政を受けた。大乗の乱、胡太后の悪政、権臣達の争いの末に六鎮の乱が起こり北魏分裂のきっかけを生んだ。胡太后を幽閉するも後に復権され毒殺された。在位13年。

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