蕭綱
publish: 2021-11-02, update: 2026-08-22
503年-551年。字は叔達。梁の第2代皇帝。簡文帝。蕭衍の第3子。兄蕭統の死後立太子された。蕭衍の死後、侯景の監視下のもと皇帝に即位した。侯景の傀儡であったが、侯景政権を認めない諸王の反抗に遭った侯景の保身により廃位され殺害された。在位2年。
関連
慕容永
?-394年。西燕の第6代皇帝。慕容運の孫とされるが父は不明。前燕の滅亡時に長安へ移住し、生活は困窮した。慕容垂が挙兵すると同時期に挙兵し、慕容泓、慕容沖と合流した。慕容忠が刁雲に殺害されると西燕をまとめて慕容垂に臣従したが、すぐに独立して8年に渡って割拠した。後に慕容垂の攻撃を受けて処刑された。
高湛
537年-569年。北斉の第4代皇帝。武成帝。高歓の第9子。兄高演が落馬で重体となると、帝位を譲られて即位した。贅沢を尽くして、強引な賦役を課し、和士開などの奸臣に専横を許すなど、朝廷内の腐敗を促進させた。子の高緯に帝位を譲り太上皇帝となった。病没。在位4年。
劉聡
?-318年。字は玄明。前趙の第3代皇帝。昭武帝。劉淵の四男。劉淵の死後、帝位は長男の劉和が継いだが劉和は兄弟の誅殺を試みた。事前にこれを知った劉聡は劉和を捕え処刑して皇帝として即位した。洛陽・長安を攻略し西晋を滅亡させるも、後年は国を乱した。病により死去。在位9年。