司馬道子
publish: 2021-08-06, update: 2026-04-19
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364年-403年。字は道子。第8代皇帝・司馬昱の子。琅邪王、次いで会稽王。司馬曜からの信任が厚く、謝安を左遷させると中央の要職を掌握した。やがて酒におぼれて無頓着となり、王国宝と共に朝廷を恣縦した。王恭、桓玄らが反乱すると子に実権を委ねて事態を収拾させた。司馬元顕が失脚すると捕縛、毒殺された。
関連
爾朱栄
493年-530年。字は天宝。爾朱新興の子。李崇の配下として六鎮の乱以降、頭角を現した。胡太后が元詡を殺害すると、高歓を先鋒として洛陽を攻撃し、胡太后らを処刑した。元子攸を擁立して、娘を娶らせると外戚として専横を強めた。帝位簒奪も目前であったが、元子攸に殺害された。
姚弋仲
279年-352年。羌の首長。姚柯迴の子。南安郡赤亭県の人。前趙および、後趙に帰属し部族を維持した。石虎の代に河北の清河郡へ移住した。石虎の死後、後趙が混乱すると冉閔や苻洪と戦った。後趙が滅亡すると東晋への臣従を図ったが、まもなく病没した。胡人で天子となった者はいないと言葉を残した。
堅鐔
?-50年。字は子伋。潁川郡襄城県の人。劉秀が河北攻略中に推挙されて主簿となった。河北平定、洛陽攻略に功があった。萬脩とともに董訢を討伐すると鄧奉の反乱に遭い一年に渡って孤立したが、劉秀の親征まで任地を死守した。左曹、合肥侯。