劉纘 ( りゅうさん )

publish: 2021-12-04, update: 2026-04-19

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138年-146年。質帝。後漢の第10代皇帝。勃海王・劉鴻の子。千乗王・劉伉の曾孫。梁冀により擁立された。梁冀の専横を誰も咎めない朝廷を見かねて、僅か8歳にして梁冀を跋扈将軍と揶揄して譴責した。その聡明さと気概を恐れた梁冀によって毒殺された。

関連

徐統

?-349年。後趙の右光禄大夫、司隷校尉、侍中を歴任した。人を見る目を持ち、若き頃の王猛や苻堅を見出したと逸話が残る。石虎の死後、張豺らが朝政を乱すと、乱には預かれぬとして自殺した。後に、末子である徐攀は苻堅に取り立てられ、琅邪郡太守となった。

桓温

312年-373年。字は元子。桓彝の子。庾翼の後を継いで西府を統括した。成漢の討伐、中原の回復、大規模な土断に成功して、東晋史上最大級の功を成した。司馬奕を廃して司馬昱を擁立し、簒奪の準備を進めたが、謝安らの反対に遭い禅譲は実現しなかった。病没。

殷仲堪

?-399年。陳郡長平県の人。殷師の子。殷浩は従伯父にあたる。謝玄の属官を経て、荊州刺史として西府軍を統括した。王恭に同調して王国宝を殺害せしめるが、再度挙兵した際には調略された桓玄と敵対し敗死した。果断に乏しく軍人としては評価されないが、恤民に溢れて政治に優れた。

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