劉纘
publish: 2021-12-04, update: 2026-04-19
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138年-146年。質帝。後漢の第10代皇帝。勃海王・劉鴻の子。千乗王・劉伉の曾孫。梁冀により擁立された。梁冀の専横を誰も咎めない朝廷を見かねて、僅か8歳にして梁冀を跋扈将軍と揶揄して譴責した。その聡明さと気概を恐れた梁冀によって毒殺された。
関連
司馬保
294年-320年。字は景度。司馬模の子。司馬越の甥。洛陽の陥落以後、秦州一帯を領有した。司馬睿と並んで司馬鄴を補佐する立場にあったが、後に司馬鄴を軽んじて、積極的に援護せず長安陥落を傍観した。皇帝を自称したが、前趙に対して劣勢となると、配下の張春に殺害された。病没とも。
王導
276年-339年。字は茂弘。王覧の孫、王裁の子。琅邪王氏。利害調整に長け、寛大な政治を旨として人心をまとめたため、東晋の黎明を作った。王敦の乱や蘇峻の乱など度々政敵から攻撃を受けたが、失脚することなく執政を全うした。病没。
拓跋普根
?-316年。代の第2代王。拓跋猗㐌の子。父・拓跋猗㐌の死後は中部拓跋部を継いだが、拓跋猗盧が三部を統合するようになるとこれに従った。拓跋猗盧が拓跋六脩に殺されると、拓跋六脩を殺して王位を継いだ。間もなく死去。在位は僅か一ヶ月。跡は子が継いだが名は伝わらない。