陳伯宗 ( ちんはくそう )

publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19

章節

標籤

554年-570年。字は奉業。陳の第3代皇帝。廃帝、臨海王。陳蒨の第1子。父陳蒨の死後即位した。若年での即位のため、遺言により叔父陳頊の後見を受けた。実情は陳頊の傀儡であり、陳頊によって廃位され臨海王に落された。まもなく殺害された。在位2年。

関連

陳元達

?-316年。字は長宏。匈奴後部の出身。元の名は高元達。長らく仕官せず学問に傾倒して漢文化に詳しかった。顕職を望まず諫言を行い、劉淵から優遇された。劉聡の堕落とともに疎まれるようになり、太宰・劉易の憤死を知ると、前趙の将来に絶望して自害した。

慕容皝

297年-348年。字は元真。前燕の初代王。文明帝。慕容廆の三男。父慕容廆の死後、弟慕容仁と覇権を争うが、これを収めて遼東公となる。燕王を称し東晋に追認される。同じ鮮卑の段、宇文を滅ぼし、高句麗、後趙へ外征した。落馬の重症が元で病没。在位15年。

蕭荘

548年-578年。梁の第8代皇帝。永嘉王。蕭繹の子蕭方等の子。人質として北斉に送られたが、前代の蕭方智が陳霸先に禅譲したとき、北斉の支援を受けて帰還、梁の再興を図る王琳により皇帝に擁立された。陳、北周と交戦するが王琳の敗死により北斉へ亡命した。北斉の滅亡後に病死。

/opt/build/repo/content/dynasties/557_陳/hongi/3_570_陳伯宗.md