章昭達
publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19
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518年-571年。字は伯通。侯景の乱では建康を守るが落城と共に脱出した。陳蒨と親交を結び、王琳、周迪、陳宝応、留異らの反乱を平定して、陳初の安定に寄与した。その後も、華皎や欧陽紇の反乱を鎮めつつ、後梁や北周と戦った。病没。
関連
袁渙
生没年不詳。字は曜卿。陳郡扶楽県の人。袁滂の子。劉備の秀才に推挙され袁術、呂布、曹操に仕えた。常に公正でいずれの主君からも礼遇された。魏の郎中令、御史大夫まで昇った。その死に対して曹操は涙し古い友人として穀物を下賜したという。
袁安
?-92年。字は召公。汝南郡汝陽県の人。袁良の孫。県の吏人を務め、孝廉に挙げられた。県令から太守へと着実に昇進し、優れた行政を評価されて太僕へ栄転、以後、司空、司徒を歴任した。外戚の竇氏を弾劾し、清流派の立場を確立してなお失脚せずに現職であり続けた。
禿髪利鹿孤
?-402年。南涼の第2代王。武王。禿髪思復鞬の子。禿髪烏孤の弟。兄の死後王位を継承する。後秦が西秦を滅ぼすと乞伏乾帰の亡命を受け入れた。後秦に対して臣従しつつ後涼と抗争を続けた。病により死去。