李勢
publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19
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?-361年。字は子仁。成漢の第5代皇帝。李寿の子。李寿が死去するとその後を継いだ。政治を顧みなかったため国を乱し、ついに東晋の攻略を受ける。大司馬桓温を自ら迎撃するが連戦連敗を喫し葭萌城にて降伏した。在位5年。東晋より帰義侯に封じられ建康で没した。
関連
李雄
274年-334年。巴氐の出身。成漢の創設者。武帝。益州刺史羅尚を撤退させ成都を完全に制圧すると、成都王を称して成漢を成立させた。断続的に東晋と係争し漢中・巴東・寧州を攻略する一方で、前涼の張駿が東晋への臣従を勧めたときには一定の理解を示した。在位は30年に及ぶ。
高緯
556年-577年。字は仁綱。北斉の第5代皇帝。後主。高湛の第1子。父高湛から帝位を譲られて即位した。和士開、高阿那肱、穆提婆ら奸臣を重用したため、斛律光、高長恭などの重臣、王族たちが讒言によって粛清された。北周の攻撃を受けて逃亡するが捕われ後に殺害された。在位2年。
和士開
524年-571年。字は彦通。清都郡臨漳県の人。和安の子。西域の商胡(ソグド人)の子孫という。北斉が成ると召されて高湛に寵愛された。高洋に軽薄と評価され長城への徙刑に処され後に許された。高湛の即位後は累進して、高湛の死後は権力を専横した。高儼によって捕縛、処刑された。