李勢
publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19
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?-361年。字は子仁。成漢の第5代皇帝。李寿の子。李寿が死去するとその後を継いだ。政治を顧みなかったため国を乱し、ついに東晋の攻略を受ける。大司馬桓温を自ら迎撃するが連戦連敗を喫し葭萌城にて降伏した。在位5年。東晋より帰義侯に封じられ建康で没した。
関連
荀藩
245年-313年。字は泰堅。後漢の司空・荀爽の玄孫。荀勗の子。司馬顒が長安に居ながら二元政治を行ったとき、洛陽にいて政治を取り仕切った。永嘉の乱では洛陽から逃亡して臨時政府を立て、司馬睿を盟主とした。司馬鄴を迎えたが、長安遷都には従わなかった。司空まで昇る。病没。
殷仲堪
?-399年。陳郡長平県の人。殷師の子。殷浩は従伯父にあたる。謝玄の属官を経て、荊州刺史として西府軍を統括した。王恭に同調して王国宝を殺害せしめるが、再度挙兵した際には調略された桓玄と敵対し敗死した。果断に乏しく軍人としては評価されないが、恤民に溢れて政治に優れた。
劉粲
?-318年。字は士光。前趙の第4代皇帝。隠帝。劉聡の次男。都督中外諸軍事、相国などの重要職を歴任した。皇太弟劉乂の存在により長らく皇太子に立てられなかったが、後に劉乂を謀殺し皇太子となる。劉聡の死後、皇帝に即位するも外戚の靳準に謀反され処刑された。在位3か月。