諸葛玄
publish: 2022-02-08, update: 2026-04-19
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?-197年。琅邪郡陽都県の人。諸葛亮の叔父。兄・諸葛珪が急死したため一族の家長を務めた。承制によって豫章太守となるが、朝廷から正式に豫章太守に任命された朱皓と争った。荊州に逃れてまもなく病没したとも、朱皓を支援する劉繇、笮融と敵対して敗死したともあり定かではない。
諸葛玄を豫章太守に任命したのは劉表(『呉書』『献帝春秋』)、あるいは袁術(『蜀書』)だとされる。
関連
華軼
?-311年。字は彦夏。平原郡高唐県の人。華澹の子。魏の太尉・華歆の曾孫。才気と博愛に富み、博士、散騎常侍を務めたほか、司馬越の属官も務めた。永嘉年間には江州刺史となった。勤皇の意志が強く、江南に赴任した司馬睿の人事に従わなかったため、王敦の攻撃を受け、衛展、周広に殺された。
劉昱
463年-477年。字は徳融。劉宋の第7代皇帝。後廃帝、蒼梧王。劉彧の第1子。父劉彧の死後皇帝に即位した。袁粲と褚淵の輔弼を受けた。劉休範や劉景素など皇族の反乱が絶えなかった。権勢を強める蕭道成の誅殺を計画するが、先手を打った蕭道成に殺害された。在位5年。
拓跋孤
生没年不詳。拓跋鬱律の子。拓跋翳槐、拓跋什翼犍の弟。拓跋翳槐が死去したとき、後継の拓跋什翼犍が遠地の人質だったため代わって諸族に擁立されたが、長幼を重んじて自ら鄴へ赴き人質の交換を申し出た。領土の半分を統治する強権を持ったが、その地位は子の拓跋斤には継承されなかった。