諸葛玄
publish: 2022-02-08, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-197年。琅邪郡陽都県の人。諸葛亮の叔父。兄・諸葛珪が急死したため一族の家長を務めた。承制によって豫章太守となるが、朝廷から正式に豫章太守に任命された朱皓と争った。荊州に逃れてまもなく病没したとも、朱皓を支援する劉繇、笮融と敵対して敗死したともあり定かではない。
諸葛玄を豫章太守に任命したのは劉表(『呉書』『献帝春秋』)、あるいは袁術(『蜀書』)だとされる。
関連
劉纘
138年-146年。質帝。後漢の第10代皇帝。勃海王・劉鴻の子。千乗王・劉伉の曾孫。梁冀により擁立された。梁冀の専横を誰も咎めない朝廷を見かねて、僅か8歳にして梁冀を跋扈将軍と揶揄して譴責した。その聡明さと気概を恐れた梁冀によって毒殺された。
李歆
?-420年。字は士業。西涼の第2代公。後主。李暠の第2子。父の死後公位を継ぐ。父・李暠の政策を継承し東晋に臣従した。刑賞の乱れや財政難を起こし失政が続いた。北涼への遠征を強行するも、逆に北涼の沮渠蒙遜に大敗し捕らえられて処刑された。
張玄靚
350年-363年。字は元安。前涼の第8代君主。沖公。張重華の末子。張祚が殺害されると宋混らに擁立される。幼年で跡を継いだため張瓘、宋混、張邕、張天錫と摂政を巡って権臣たちの勢力争いが続いた。最後は張天錫によって殺害された。在位9年。