劉駿 ( りゅうしゅん )

publish: 2021-08-08, update: 2026-04-19

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430年-464年。字は休龍。劉宋の第4代皇帝。孝武帝。劉義隆の第3子。皇太子であった兄劉劭が劉義隆を殺害すると、これを打つべく挙兵、皇帝に即位し、建康を陥落させ劉劭を処刑した。寒門を登用して中央集権を進めたが、残虐な一面も多く国を疲弊させた。在位11年。

関連

王渾

223年-297年。字は玄沖。并州太原郡晋陽県の人。王昶の子。京陵侯を継承したが曹爽の失脚で免官となった。懐県県令として復帰以後は累進し豫州刺史、豫州諸軍事となった。呉征伐では一軍を率いて南進し、功は王濬と双璧を成した。晩年は兵権を返上し顕職を歴任しては名声を落とした。

司馬奕

342年-386年。字は延齢。東晋の第7代皇帝。廃帝。司馬衍の第2子。兄司馬丕の死後即位する。失政によってその勢力を弱体化させつつあった桓温に簒奪を謀られ、廃位されて海西公に降格された。その後は朝廷からの警戒をそらし続けた。病没。在位7年。

諸葛玄

?-197年。琅邪郡陽都県の人。諸葛亮の叔父。兄・諸葛珪が急死したため一族の家長を務めた。承制によって豫章太守となるが、朝廷から正式に豫章太守に任命された朱皓と争った。荊州に逃れてまもなく病没したとも、朱皓を支援する劉繇、笮融と敵対して敗死したともあり定かではない。

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