王憲
publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19
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378年-466年。字は顕則。北海郡劇県の人。前秦の河東郡太守・王休の子。幼くして父を亡くし伯父の王永に従った。王永が慕容永に殺害されると民間に潜伏した。北魏の勢力が伸長すると拓跋珪に礼遇され、并州刺史、北海公まで昇った。病没。享年89歳と長命。
関連
慕容恪
?-367年。字は元恭。慕容皝の第4子。後趙、宇文部、高句麗を相手に多くの戦線に従軍した。後趙滅亡を機に中原へ進出し版図を広げた。治政にも優れ前燕の最盛期を築いた。病没。当代随一の宰相、将軍として歴史に残る。武廟六十四将に数えられる。
司馬道子
364年-403年。字は道子。第8代皇帝・司馬昱の子。琅邪王、次いで会稽王。司馬曜からの信任が厚く、謝安を左遷させると中央の要職を掌握した。やがて酒におぼれて無頓着となり、王国宝と共に朝廷を恣縦した。王恭、桓玄らが反乱すると子に実権を委ねて事態を収拾させた。司馬元顕が失脚すると捕縛、毒殺された。
司馬休之
?-417年。字は季豫。譙王の司馬恬の子。司馬懿の弟・司馬進の来孫にあたる。荊州刺史を務めたが桓玄に追われて南燕に亡命し、桓玄の滅亡後に帰国した。後秦や北魏の支援を受けて劉裕と敵対するが、敗れて長安に逃れ、続けて後秦が滅びると北魏の庇護を受けた。病没。