王憲
publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19
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378年-466年。字は顕則。北海郡劇県の人。前秦の河東郡太守・王休の子。幼くして父を亡くし伯父の王永に従った。王永が慕容永に殺害されると民間に潜伏した。北魏の勢力が伸長すると拓跋珪に礼遇され、并州刺史、北海公まで昇った。病没。享年89歳と長命。
関連
宇文護
513年-572年。字は薩保。代郡武川鎮の人。宇文顥の子。宇文泰の兄の子であり、宇文泰と共に西魏の重臣となった。宇文泰の死後、北周が成ると専横を強めた。趙貴、独孤信らの重臣のほか宇文覚、宇文毓を殺害する暴虐の一方で、優れた治政により北斉との国力を逆転させた。愚鈍を演じた宇文邕によって殺害された。晋国公。
劉隆
?-57年。字は元伯。劉礼の子。長沙王・劉発、および安衆侯・劉丹の末裔で、劉秀とは同じ南陽劉氏で遠い縁戚にあたる。劉玄から騎都尉を任命されたが、劉秀に合流した。南郡太守を務めたとき不正により一時庶民に落された。呉漢の死後は、大司馬を兼任した。驃騎将軍、慎侯。
元欣
生没年不詳。字は慶楽。北魏の広陵王・元羽の子。節閔帝・元恭の兄。各州の刺史を歴任し、行政に優れた。いくつかの王位の改封を経て広陵王を継いだ。北魏分裂時は元脩に従って関中に入った。西魏宗族では最高位にあり諸王よりも高い格式で礼遇された。宰相職を歴任した。554年以降に病没。