慕容瑤
publish: 2021-10-17, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-386年。西燕の第4代皇帝。慕容沖の子。東進した慕容凱が臨晋県で殺害されると、慕容恒に擁立された。建平と改元するも、まもなく慕容永に殺害された。
関連
慕容垂
326年-396年。字は道明。後燕の創建者。成武帝。慕容皝の第5子。桓温の北伐を撃破した。慕容恪の死後、慕容評との確執を恐れ前秦に亡命した。淝水の戦い以後前秦から独立し後燕を建てた。翟魏、西燕を滅ぼした。北魏に出兵したおり陣中で病没。在位13年。
謝晦
390年-426年。字は宣明。陳郡陽夏県の人。陳郡謝氏の出身で謝安の兄・謝拠の曾孫。東晋朝廷を掌握する劉裕に従い北伐、土断を行った。劉裕の死後、劉義符の補佐を任されたが、劉義隆擁立の政変に関わった。徐羨之らと共に政権を握り荊州刺史となるが、劉義符殺害の罪を問われ檀道済の討伐を受けた。刑死。
欧陽詢
557年-641年。字は信本。長沙郡臨湘県の人。欧陽紇の子。父・欧陽紇が嶺南で反乱を起こして討伐されると、江総に匿われて養育された。陳の滅亡後は、隋、唐に仕え、王羲之以来の書法を研究した。初唐の三大家、楷書の四大家に数えられる。