慕容瑤 ( ぼようよう )

publish: 2021-10-17, update: 2026-04-19

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?-386年。西燕の第4代皇帝。慕容沖の子。東進した慕容凱が臨晋県で殺害されると、慕容恒に擁立された。建平と改元するも、まもなく慕容永に殺害された。

関連

李庠

247年-301年。字は玄序。李慕の子。李輔、李特の弟。李流、李驤の兄。郡の属官として仕えたが任官を固辞した。斉万年の乱では流民となって蜀へ渡るが、任侠心が強く人望を集めた。趙廞が決起するとこれに従うが、趙廞に勢力を恐れられて誅殺された。

羊侃

495年-549年。字は祖忻。羊祉の子。もとは北魏の武官であったが、梁に亡命した。侯景の降伏に反対するも受け入れられなかった。侯景の乱では建康防衛の指揮を執り、数カ月にわたって籠城した。建康防衛の最中に病没し、間もなく建康の台城は陥落した。

夏侯玄

209年-254年。字は太初。豫州沛郡譙県の人。夏侯尚の子。昌陵郷侯。太常まで昇る。若くして名声を高めて曹叡からはその軽薄さを嫌悪された。興勢の役として蜀へ出兵するが成功しなかった。九品官人法の実務を批判した。李豊、張緝らと司馬氏一党を除く政変を企み露見して処刑された。

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