羊侃 ( ようがん )

publish: 2021-11-02, update: 2026-04-20

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495年-549年。字は祖忻。羊祉の子。もとは北魏の武官であったが、梁に亡命した。侯景の降伏に反対するも受け入れられなかった。侯景の乱では建康防衛の指揮を執り、数カ月にわたって籠城した。建康防衛の最中に病没し、間もなく建康の台城は陥落した。

関連

蘭欽

生没年不詳。字は休明。蘭子雲の子。蘭京の父。北魏戦線や内地の異民族統治で累進し、諸軍事、刺史を歴任した。後に漢中平定の功を成して、曲江県公まで昇った。広州刺史となるが、刺史を代行していた蕭恬に毒殺された。頌徳碑が立てられるほどの善政でも知られる。

禿髪傉檀

365年-415年。南涼の第3代王。景王。禿髪思復鞬の子。禿髪烏孤・禿髪利鹿孤の弟。南涼の都督中外諸軍事。禿髪利鹿孤の病没により王位を継承した。乞伏熾磐が出奔したときその妻子を解放した。北涼を攻めるも攻略を果たせず西秦の攻撃に降伏した。後に毒殺された。

楊忠

507年-568年。小名は奴奴。弘農郡華陰県の人。弘農楊氏を称したが出自は武川鎮とされる。楊禎の子。隋の文帝・楊堅の父。体躯に恵まれて武芸に優れた。一時梁に抑留されたほか、独孤信とともに梁への亡命を経て西魏へ帰順した。宇文護からは遠ざけられたが官職を全うした。病没。

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