司馬徳文
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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386年-421年。字は徳文。東晋の第11代皇帝。恭帝。司馬曜の第2子。兄司馬徳宗に対する劉裕の害意を察知したが防げなかった。司馬徳宗の死後劉裕に擁立されて即位するが、劉裕による禅譲の布石であり禅譲の余儀は無かった。宋によって零陵王に封じられたが翌年殺害された。
関連
王恭
?-398年。字は孝伯。太原郡晋陽県の人。王蘊の子。司馬曜の皇后・王法慧の兄。外戚。謝玄亡き後の北府軍を継承した。王国宝によって軍権を解任されると殷仲堪と挙兵して、司馬道子に王国宝を処刑させた。司馬道子討伐のために再度挙兵したが、調略された劉牢之に敗北し処刑された。
呂隆
?-416年。字は永基。後涼の第4代天王。末主。呂光の弟・呂宝の子。呂纂が呂超らによって殺害されると呂超らに擁立された。相次ぐ内訌により後秦の侵攻に抗えず、降伏して長安に連行された。後に姚弼の謀反に巻き込まれ姚興に処刑された。
陸法和
?-558年。出自は定まらない。貧道を自称して多数の弟子を取った宗教指導者。侯景が乱を為すと蕭繹に従い、任約や蕭紀を相手に戦った。蕭繹の即位と共に累進するが、指導者の立場を崩さず独自路線を採り、西魏が江陵を制圧すると北斉の高岳に降った。高官を務めつつ道士として全うした怪人物。