司馬顒 ( しばぎょう )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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?-306年。字は文載。河間王。司馬孚の孫。司馬瓌の子。八王の一人。三王起義の一人として司馬倫を討伐した。司馬乂殺害後は、司馬穎を皇太弟に推して、長安に駐屯し続けた。司馬穎に引きずられるように司馬越と対立した。長安陥落後は司馬越から洛陽に召喚されるが、道中、司馬模に暗殺された。

関連

慕容盛

373年-401年。字は道運。後燕の第3代皇帝。昭武帝。慕容宝の第1子。幼年時代を長安で過ごしたが西燕が安定しなかったため後燕に亡命した。蘭汗が慕容宝を殺害すると一時は蘭汗に従うがまもなく殺害して皇帝に即位した。治政は厳格に過ぎ相次ぐ反乱の中で横死した。在位3年。

劉子業

449年-466年。劉宋の第5代皇帝。前廃帝。劉駿の第1子。劉駿の死後即位した。性は残虐であり、劉義恭、柳元景、顔師伯、劉子鸞、何邁、沈慶之ら一族、重臣を次々と粛清し人望を失った。劉彧の側近である阮佃夫の襲撃を受けて殺害された。在位2年。

王騰

?-356年。青州に割拠した段龕に仕えていたが、前燕の慕容恪の討伐を受けると降伏した。段龕を援けた東晋の徐州刺史・荀羨と戦うものの、荀羨の攻撃によって捕縛され処刑された。

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