司馬顒 ( しばぎょう )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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?-306年。字は文載。河間王。司馬孚の孫。司馬瓌の子。八王の一人。三王起義の一人として司馬倫を討伐した。司馬乂殺害後は、司馬穎を皇太弟に推して、長安に駐屯し続けた。司馬穎に引きずられるように司馬越と対立した。長安陥落後は司馬越から洛陽に召喚されるが、道中、司馬模に暗殺された。

関連

賈智

493年-537年。字は顕智。中山郡無極県の人。賈道監の子。北魏末に相次いだ反乱に対応し功績をあげた。爾朱栄の台頭、爾朱氏の内紛を巧みにくぐり抜け、高歓に従った。開府儀同三司、侍中まで上った。各州の刺史を務めたが民衆を搾取しており民政には明るくない。東魏が成り晋陽へ赴任し、後に罪の連座を受けて刑死した。

劉炟

57年-88年。章帝。後漢の第3代皇帝。劉荘の子。儒学を好んで寛容な政治を布き経済発展に寄与したほか、外征でも積極策を前代から継承した。儒学への傾倒は経典解釈の議論へ自ら参加するほどであった。馬皇太后の死後、皇后・竇氏が側室を誣告して自死させるなど外戚の強権が目立ち始めた。

元欽

525年-554年。西魏の第2代皇帝。廃帝。元宝炬の第1子。元宝炬の死後即位した。宇文泰の殺害を画策し、元育、元賛に諫められるも、露見して廃位された。宇文泰によって雍州に監禁されたのち殺害された。在位3年。

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