司馬徳宗
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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382年-419年。字は徳宗。東晋の第10代皇帝。安帝。司馬曜の第1子。父司馬曜の死後即位する。重度の知的障害者であったとされる。孫恩の乱や桓玄の乱が起こり、桓玄には一時帝位を奪われるが劉裕の助力で復位した。のち劉裕に殺害された。在位22年。
関連
宇文導
511年-554年。字は菩薩。宇文顥の子。宇文泰の甥。北鎮の乱では宇文泰とともに葛栄の軍に加わり後に賀抜岳に従った。東魏戦線では主に留守役を務めて、後備えとして前線を支えたほか、内地の反乱にも対応して、西魏体制の恒久化に貢献した。章武郡開国公まで昇り、皇族に次いで序列が高い。
石鑑
?-350年。字は大朗。後趙の第6代皇帝。廃帝。石虎の三男。冉閔粛清を本人に密告し石遵の廃位を招いた。冉閔に擁立され皇帝に即位するも実権はなく傀儡だった。諸方で冉閔・李農を除く企てが起こるなか冉閔に幽閉され、後に復権を企むも露見し廃位、殺害された。在位103日。
劉炳
143年-145年。沖帝。後漢の第9代皇帝。劉保の子。立太子された年に劉保が没したため、僅か2歳で即位した。まもなく、死去したため梁冀の専横が進んだ。梁冀による毒殺もうわさされた。在世中は、九江において徐鳳、馬勉が反乱を起こし揚州一帯を擾乱させた。