莫護跋 ( ばくごばつ )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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生没年不詳。三国時代の鮮卑の大人。慕容部の始祖。慕容廆の曾祖父にあたる。司馬懿が遼東で自立する公孫淵を討伐したおり、協力して率義王に封じられた。以後、遼西に居住し勢力を築いた。

関連

王永

?-386年。北海郡劇県の人。王猛の子。扶風郡太守を務め幽州刺史となった。淝水の戦い以後、続発する反乱に尽力した。苻堅の処刑が河北に伝わると、苻丕を皇帝に推戴し諸国へ檄を飛ばした。晋陽を拠点として交戦したが、西燕の攻撃を受けて戦死した。

宇文邕

543年-578年。北周の第3代天王。武帝。宇文泰の第4子。兄の宇文覚、宇文毓がいずれも宇文護に殺害されると即位し、後に宇文護を誅殺した。陳と修好を結んで北斉を滅ぼし、北魏分裂以来の華北を統一した。周礼や鮮卑への復古を理想とし仏教と道教を弾圧した。病没。在位18年。

張芝

?-192年。字は伯英。敦煌郡淵泉県の人。張奐の子。崔瑗、杜度に師事して書を学び、草書に優れて草聖のひとりに数えられる。書道の別名である「臨池」とは、書に没頭するあまり庭の池が常に真っ黒であったことに由来する。生前から評価され鍾繇とともに王羲之以前における書の大家であった。

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