高殷
publish: 2021-11-05, update: 2026-04-19
章節
標籤
545年-561年。字は正道。北斉の第2代皇帝。廃帝。高洋の第1子。北斉建国と共に立太子されるが、父の高洋に疎まれた。父高洋の死後即位する。鮮卑系武官と漢人系文官の対立を経て高演へ権力が集中した。太皇太后の婁昭君の勅令により廃され、後に高演に殺害された。在位1年。
関連
劉秀
前5年-57年。光武帝。後漢の初代皇帝。字は文叔。劉欽の子。前漢の長沙王・劉発の末裔。王莽の失政で各地で反乱が頻発すると、兄・劉演と共に南陽から挙兵した。河北を平定して更始帝・劉玄から自立し、諸勢力を討伐して漢王朝を復興させた。歴代の中華王朝きっての名君の一人。
慕容渉帰
?-283年。鮮卑慕容部の大人。慕容木延の子。慕容廆の父にあたる。西晋への一貫した従属関係に変化をもたらし、遼東へ移住して西晋に離反した。
李特
?-303年。巴氐の出身。斉万年の乱の時、流民となり蜀に移住する。趙廞の乱ではこれに従うが、趙廞が彼の弟を殺害したために、逆に趙廞を殺し実質的な蜀の支配者となる。のち益州刺史として赴任した羅尚と対立し、改元・自立を宣言した。羅尚に対して一時は優勢を維持するも戦死した。