司馬昱
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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320年-372年。字は道万。東晋の第8代皇帝。簡文帝。司馬睿の末子。司馬奕を廃した桓温に擁立されて即位されたためその実は傀儡であった。即位の翌年には病に伏せり「諸葛亮、王導の如くせよ」と桓温へ遺言した。在位は1年に満たない。
関連
劉顕
?-352年。石祗の属将。冉閔と戦って大敗を繰り返し、恐れるあまり石祗を始め重臣を殺害して冉閔に帰順した。一方で自立を目論み冉閔から離反するが、悉く敗れた。曹伏駒の寝返りで襄国に入城した冉閔によって処刑された。最終的に後趙に止めを刺した人物に当たる。
徐幹
171年-218年。字は偉長。北海郡劇県の人。建安の七子の一人。貧しい旧家に生まれた。品行が良く、文章に優れて司空軍師祭酒掾属、五官将文学を務めた。著作『中論』は曹丕から絶賛され、一家の言を成したと評された。病没。
司馬聃
343年-361年。字は彭子。東晋の第5代皇帝。穆帝。司馬岳の第1子。司馬岳の死後、2歳で即位した。治世は太后の褚蒜子、何充、司馬昱らによって運営された。成漢を併呑し、洛陽を奪還するなど領土の拡大に成功した。若くして病没した。在位17年。