司馬聃
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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343年-361年。字は彭子。東晋の第5代皇帝。穆帝。司馬岳の第1子。司馬岳の死後、2歳で即位した。治世は太后の褚蒜子、何充、司馬昱らによって運営された。成漢を併呑し、洛陽を奪還するなど領土の拡大に成功した。若くして病没した。在位17年。
関連
宇文邕
543年-578年。北周の第3代天王。武帝。宇文泰の第4子。兄の宇文覚、宇文毓がいずれも宇文護に殺害されると即位し、後に宇文護を誅殺した。陳と修好を結んで北斉を滅ぼし、北魏分裂以来の華北を統一した。周礼や鮮卑への復古を理想とし仏教と道教を弾圧した。病没。在位18年。
劉粲
?-318年。字は士光。前趙の第4代皇帝。隠帝。劉聡の次男。都督中外諸軍事、相国などの重要職を歴任した。皇太弟劉乂の存在により長らく皇太子に立てられなかったが、後に劉乂を謀殺し皇太子となる。劉聡の死後、皇帝に即位するも外戚の靳準に謀反され処刑された。在位3か月。
王戎
234年-305年。字は濬沖。王雄の孫、王渾の子。琅邪王氏。魏、晋の官職を歴任した。呉討伐の一軍を率いるなど大きな功績を残す一方で、職権乱用、軍法違反、贈賄などの容疑を受けた。処世に巧みで、積極的に政治力を発揮しないことで寿命を全うした。竹林の七賢の一人に数えられる。