拓跋紇那 ( たくばつこつな )

publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19

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生没年不詳。代の第6代、および第8代王。拓跋猗㐌の子。兄の死後跡を継いだ。後趙の攻撃で不利となり本拠を東木根山から大寧に移すなど勢威を落した。拓跋鬱律の子・拓跋翳槐と王位を巡り、宇文部や賀蘭部を巻き込んで争った。前燕へ亡命した後の事跡は不明。

関連

高恒

570年-578年。北斉の第6代皇帝。幼主。高緯の第1子。北周の攻撃により首都鄴の包囲が差し迫ると、父高緯から帝位を譲られて即位した。青州に逃亡するが捕えられた。北周により温国公に封じられるが、穆提婆が反乱の罪を問われると、連座して処刑された。

慕容凱

?-386年。西燕の第3代王。慕容皝の孫。慕容桓の子。慕容恒、慕容永により段随が殺害されると、燕王として擁立された。建明と改元し、諸部族を率いて長安を放棄し東進した。臨晋県に至って慕容恒の弟・慕容韜に殺害された。

裴嶷

生没年不詳。字は文冀。河東郡聞喜県の人。西晋で中書侍郎となり昌黎郡太守として遼東に赴任した。兄の死後、中央に召還されて遼西を通過したとき、慕容廆に礼遇されて以後、慕容廆に仕えた。慕容廆からは天が君を下賜したと言わしめて絶大な信任を得た。手腕は謀略、政治の広範におよび、前燕の基盤確立に貢献した。

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