拓跋賀傉
publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19
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?-325年。代の第5代王。拓跋猗㐌の子。拓跋鬱律の死後即位するが、幼年であったため母の惟氏が摂政を行った。後趙とは修好路線をとった。親政を始めると諸族を統率できず、本拠を盛楽から東木根山へ移した。間もなく死去。在位4年。
関連
賈南風
257年-300年。司馬衷の皇后。賈充の3女。嫉妬深く権謀を好んだ。司馬炎からは5つの欠点を指摘されたが、賈充派の強い後押しがあって太子妃となった。楊駿の殺害後は八王の乱の中心人物となり、司馬亮、衛瓘を初めとする宗族や重臣を粛清した。皇太子・司馬遹殺害の罪で、司馬倫に処刑された。
慕容暐
350年-384年。字は景茂。前燕の第3代君主。幽帝。慕容儁の三男。河南へ進出し東晋領の洛陽を得るも慕容恪の死後は国威が低下する。洛陽の領有問題を起点に前秦と敵対し大敗のすえ鄴は陥落、降伏した。在位11年。淝水の戦い以後没落する苻堅の暗殺を試みるが失敗し殺害された。
元子攸
507年-531年。北魏の第9代皇帝。孝荘帝。元勰の第3子、拓跋宏の甥。孝明帝元詡が胡太后に毒殺され皇統が乱れると、これを正さんと挙兵した爾朱栄に擁立され皇帝に即位した。後に権力を掌握する爾朱栄を殺害するが、爾朱兆、爾朱世隆らの反抗を受けて殺害された。在位3年。