拓跋嗣 ( たくばつし )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

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392年-423年。北魏の第2代皇帝。明元帝。拓跋珪の第1子。父拓跋珪が弟拓跋紹に殺害されると、拓跋紹を討って皇帝に即位した。崔宏、崔浩を重用した。周辺諸国と絶えず係争し北魏による華北統一の道筋を作った。宋との戦役中に陣没した。在位14年。

関連

元曄

?-532年。北魏の第10代皇帝。東海王。拓跋濬の弟拓跋楨の孫、元怡の子。爾朱栄が元子攸に殺害されると、爾朱世隆らに擁立された。爾朱世隆の傀儡であり、傍系の出身でもあって人望を得られなかったため、即位翌年に廃立された。後に後難を恐れた元脩に殺害された。

劉肇

79年-106年。和帝。後漢の第4代皇帝。劉炟の子。10歳で即位し義母である皇太后・竇氏の輔弼を受けた。長じて竇氏の強い専横を解こうとして対立し、宦官の鄭衆を頼って竇一族を排除した。後の外戚、宦官の対立構造の初端となった。班超の西域経営により後漢最大の版図を成した。

司馬遹

278年-300年。字は煕祖。司馬衷の子。聡明さを祖父・司馬炎に溺愛されたが、成長と共に学問から遠ざかり、次第に評判を失った。実子のいない賈南風から疎まれ、賈謐と対立した。賈南風によって謀叛の罪を着せられて、廃太子ののち、庶人に落とされた。まもなく賈南風によって暗殺された。

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