拓跋普根 ( たくばつふこん )

publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19

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?-316年。代の第2代王。拓跋猗㐌の子。父・拓跋猗㐌の死後は中部拓跋部を継いだが、拓跋猗盧が三部を統合するようになるとこれに従った。拓跋猗盧が拓跋六脩に殺されると、拓跋六脩を殺して王位を継いだ。間もなく死去。在位は僅か一ヶ月。跡は子が継いだが名は伝わらない。

関連

劉師知

?-567年。劉景彦の子。梁の諸王府の参軍を歴任した。学問を好んで博学であり、陳建国時の儀礼、制度を定めた。陳蒨が重篤になると到仲挙らと共に病床に近侍して決裁を代行した。陳伯宗が即位すると、陳頊の排斥を行ったが、かえって陳頊に捕縛され処刑された。

張耀霊

343年-355年。字は元舒。前涼の第6代君主。哀公。張重華の次男。張重華が病を患うと10歳で世子に立てられる。張重華は謝艾に後見を任せようとしたが、遺詔は捏造され張祚に摂政が委ねられた。幼年を理由に張祚に廃され復位の兆しが出ると殺害された。

段氏

生没年不詳。字は季妃。南燕の献武帝・慕容徳の皇后。 諱が伝わらず段季妃と通称する。 段儀の子。 姉の段元妃と共に才色を兼ね備えて志が高かった。 慕容徳が前秦から離反した時に嫁ぎ、後に后となった。 男子が無く慕容超を皇太子としたが、慕容超即位後は慕容超の廃位に加担し、皇太后を廃された。

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