劉衛辰 ( りゅうえいしん )

publish: 2022-03-27, update: 2026-04-19

?-392年。匈奴鉄弗部の大人。劉務桓の子。赫連勃勃の父。鉄弗部を率いて代と前秦の間で離合集散を繰り返した。前秦の攻撃で代が滅亡すると、代の東西分割に伴って西単于に封爵された。前秦が崩壊すると西燕、後秦、後燕と外交して北魏と争ったが、北魏に本拠・代来城を攻略され殺害された。

関連

高緯

556年-577年。字は仁綱。北斉の第5代皇帝。後主。高湛の第1子。父高湛から帝位を譲られて即位した。和士開、高阿那肱、穆提婆ら奸臣を重用したため、斛律光、高長恭などの重臣、王族たちが讒言によって粛清された。北周の攻撃を受けて逃亡するが捕われ後に殺害された。在位2年。

元賛

生没年不詳。広平王。元悌の子。北魏の広平王を継ぎ、驃騎大将軍、開府儀同三司となった。叔父にあたる孝武帝・元脩が関中に入るとこれに従った。元脩が宇文泰に殺害されると皇帝に擁立する動きがあった。司徒、太尉、司空を歴任した。尚書・元烈が宇文泰に殺害されると、不満を漏らす元欽を泣いて諫めた。

李寿

300年-343年。字は武考。成漢の第4代皇帝。李特の弟李驤の子。軍を率いて成都に迫り奸臣排斥を上奏して李越らを処刑させた。さらに李期を廃して邛都県公に落とすと自ら皇帝に即位した。東晋に対する自立と臣従で国政が割れる中、徹底して帝位を維持した。後に病死。在位5年。

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