蕭巋 ( しょうき )

publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19

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542年-585年。字は仁遠。後梁の第2代皇帝。明帝。蕭詧の第3子。宗主国が西魏、北周、隋と変遷する中で一貫して友好な外交を維持した。北周が北斉を滅ぼした際は自ら長安へ行き祝賀した。安定した治政により熟成した南朝文化が後世に継承された。在位23年。

関連

区星

?-187年。賊の頭目だったといい、黄巾の乱以降、治安が悪化すると将軍を自称して長沙郡を中心に荊州南部を荒らした。零陵郡の周朝、桂陽郡の郭石らが同調したが、十常侍の偽勅で長沙太守に任命された孫堅が赴任すると、ひと月余りでまとめて鎮圧された。

羊侃

495年-549年。字は祖忻。羊祉の子。もとは北魏の武官であったが、梁に亡命した。侯景の降伏に反対するも受け入れられなかった。侯景の乱では建康防衛の指揮を執り、数カ月にわたって籠城した。建康防衛の最中に病没し、間もなく建康の台城は陥落した。

庾翼

305年-345年。字は稚恭。潁川郡鄢陵県の人。庾琛の子。庾氏の末弟で幼少に一族と共に江南へ逃れた。蘇峻の乱では庾亮配下で善戦したが温嶠のもとへ敗走した。陶侃の属官を経て諸郡の太守を務め、庾亮の死後は荊州刺史として西府軍団を統括した。病没。書家としても高名。

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