慕容農 ( ぼようのう )

publish: 2021-10-19, update: 2026-04-19

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?-398年。後燕の遼西王。慕容垂の子。前秦への亡命、前秦からの独立では常に父に従った。河北辺縁を攻略し前燕の旧都・龍城に駐屯し統治した。各地の平定に貢献したが、参合陂の戦いの敗北後は施政も乱れた。慕容垂の死後、一族が散り散りになる中で慕容宝を支えたが、段速骨の反乱に降伏、暗殺された。

関連

呂隆

?-416年。字は永基。後涼の第4代天王。末主。呂光の弟・呂宝の子。呂纂が呂超らによって殺害されると呂超らに擁立された。相次ぐ内訌により後秦の侵攻に抗えず、降伏して長安に連行された。後に姚弼の謀反に巻き込まれ姚興に処刑された。

元賛

生没年不詳。広平王。元悌の子。北魏の広平王を継ぎ、驃騎大将軍、開府儀同三司となった。叔父にあたる孝武帝・元脩が関中に入るとこれに従った。元脩が宇文泰に殺害されると皇帝に擁立する動きがあった。司徒、太尉、司空を歴任した。尚書・元烈が宇文泰に殺害されると、不満を漏らす元欽を泣いて諫めた。

馮異

?-34年。字は公孫。潁川郡父城県の人。王莽政権下で潁川太守を務め、潁川郡を攻略する劉秀に降伏した。優れた戦略家であり、各地を転戦して負けることがなかった。功績を誇らない姿を大樹将軍と称賛された。河北で劉秀一行が逃避行したとき、豆粥や麦飯を調達したため、劉秀はこれを生涯忘れなかった。征西大将軍、陽夏侯。

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