慕容農 ( ぼようのう )

publish: 2021-10-19, update: 2026-04-19

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?-398年。後燕の遼西王。慕容垂の子。前秦への亡命、前秦からの独立では常に父に従った。河北辺縁を攻略し前燕の旧都・龍城に駐屯し統治した。各地の平定に貢献したが、参合陂の戦いの敗北後は施政も乱れた。慕容垂の死後、一族が散り散りになる中で慕容宝を支えたが、段速骨の反乱に降伏、暗殺された。

関連

高湛

537年-569年。北斉の第4代皇帝。武成帝。高歓の第9子。兄高演が落馬で重体となると、帝位を譲られて即位した。贅沢を尽くして、強引な賦役を課し、和士開などの奸臣に専横を許すなど、朝廷内の腐敗を促進させた。子の高緯に帝位を譲り太上皇帝となった。病没。在位4年。

拓跋余

?-452年。北魏の南安隠王。拓跋燾の第6子。拓跋燾が宗愛に殺害されると宗愛に擁立されて即位した。宗愛の傀儡であり、まもなく宗愛と対立し宗愛に殺害された。皇帝として認められておらず後継の拓跋濬からは王として葬られた。在位7か月。

可足渾氏

生没年不詳。慕容儁の皇后。景昭皇后。慕容暐、慕容沖の母。猜疑心や妬心が強く、慕容垂の妻である段氏を死に至らしめたため、慕容垂とは徹底的に仲違いした。権力掌握を目指した慕輿根に利用されたり、慕容垂の誅殺を企むなど、前燕滅亡の遠因となった。

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