段宏
publish: 2026-04-17, update: 2026-04-17
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生没年不詳。 南燕の尚書左僕射、後に徐州刺史。 後燕の中原喪失時に慕容徳に従った。 慕容超が即位すると公孫五楼による体制に不安を得て、慕容鍾、慕容法らと反乱した。 企ては失敗し北魏に逃れるが、後に東晋に帰順して功を成し、宋の征虜将軍、青州冀州刺史まで昇った。
関連
乞伏乾帰
?-412年。字は高祖。西秦の第2代の王。武元王。乞伏国仁の弟。始め前秦の苻登に従ったが苻登が戦死すると子の苻崇を攻撃し前秦を滅ぼした。亡命を繰り返すも自己の勢力を保持し続け後秦の衰退が顕著になると再び独立した。甥の乞伏公府に殺害される。
斛斯椿
495年-537年。字は法寿。斛斯敦の子。爾朱栄の配下として転戦して爾朱氏から信任を得た。韓陵の戦いでは高歓を討つために戦うが、敗北後は寝返って爾朱彦伯、世隆兄弟を襲撃して殺害した。後に高歓に対して不安を抱き、保身から元脩と高歓の対立を煽った。西魏の重職を歴任して病没。
司馬睿
276年-323年。字は景文。東晋の初代皇帝。元帝。司馬懿の曾孫、司馬伷の孫。父司馬覲が死去すると琅邪王を継ぐ。鄴で司馬穎の監視下に置かれたが脱出して琅邪に帰還した。王導の献策に従い建業へ移った。愍帝が殺害されると皇帝に即位した。五馬王の筆頭。病没。在位6年。