竇武
publish: 2021-12-20, update: 2026-04-19
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?-168年。字は游平。右扶風平陵県の人。竇奉の子。竇融の玄孫。娘の竇妙が桓帝・劉志の皇后となり外戚となった。外戚ゆえの昇進を自覚し自重に徹したため、外戚でありながら清流派の名声を得た。劉志が没すると大将軍となった。宦官排斥を目指して陳蕃と謀議するが、先手を打った曹節の派遣する張奐によって攻め滅ぼされた。
関連
陳羣
?-237年。字は長文。豫州潁川郡許昌県の人。陳寔の孫。陳紀の子。孔融に認められて名を世間に知られた。始め劉備に仕えたのち荀彧の推挙で曹操に招聘された。曹操の魏公封爵に従って御史中丞となり、重職を歴任して司空まで昇った。人物鑑定に長けた。九品官人法を建議した。潁陰靖侯。
魚豢
生没年不詳。雍州京兆郡の人。魏の郎中となるが、そのほかの事跡は不明。私撰である『魏略』、および『典略』を著した。著書のほとんどは唐代後期に散逸し、現存ずるものはごく一部であるが、正史『三国志』を始め、他の史書の引用、転載として継承されたと考えられる。倭国に関する最古の記述と目される。
陳琳
?-217年。字は孔璋。広陵郡射陽県の人。何進の主簿を務めた。何進が各地の将軍を召集したとき反対した。何進の死後は冀州に逃れて袁紹に仕えた。官渡の戦いを前にして曹操を中傷する檄文を書いた。後に檄文は蕭統が編纂した『文選』に名文として収められた。病没。