蕭詧
publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19
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519年-562年。字は理孫。後梁の初代皇帝。宣帝。蕭統の第3子。侯景の乱で対立した蕭繹に兄蕭誉が殺されると、西魏に降って後楯を受けた。西魏が江陵の蕭繹を攻撃すると同調して蕭繹を殺害した。江陵一帯を拠点に自立し皇帝を称したが、実情は西魏の傀儡政権であった。在位7年。
関連
梁平老
?-372年。略陽郡の人。氐族。苻堅に早くから使えて昇進し、苻生の代では特進、領御史中丞になった。苻生の暴虐のために政変に加担した。使持節、都督北藩諸軍事、鎮北大将軍として長らく北方を治めた。病没。
趙貴
?-557年。字は元貴、元宝。天水郡顕親県の人。祖父・趙仁の代に武川鎮に移った。六鎮の乱では葛栄に捕えられたが、葛栄が敗れると、爾朱栄に降って賀抜岳に従った。賀抜岳の死後は残党の収拾に務め宇文泰を迎え入れた。西魏の重鎮。行政に優れた。北周成立時に宇文護の暗殺を謀ったが露見して処刑された。
劉和
?-310年。前趙の第2代皇帝。廃帝。劉淵の子。劉淵の死後その後を継ぐ。外戚の呼延攸に教唆され権力掌握のため宗族の一掃を企てた。しかし計画は疎漏で内部に疑心暗鬼を招き逆に劉聡の攻勢を受けた。劉聡によって捕縛されたのち処刑された。在位僅か6日。