蕭詧
publish: 2021-11-03, update: 2026-08-22
519年-562年。字は理孫。後梁の初代皇帝。宣帝。蕭統の第3子。侯景の乱で対立した蕭繹に兄蕭誉が殺されると、西魏に降って後楯を受けた。西魏が江陵の蕭繹を攻撃すると同調して蕭繹を殺害した。江陵一帯を拠点に自立し皇帝を称したが、実情は西魏の傀儡政権であった。在位7年。
関連
慧遠
334年-416年。姓は賈。雁門郡楼煩県の人。釈道安を師として出家した。前秦との戦乱を尋陽郡柴桑県に避け、廬山に入って以後30年間、山を下りなかった。白蓮社なる念仏結社を創り浄土教の祖となった。仏法は王法に従属しないと説き、桓玄と意見を対立させた。
段随
?-386年。西燕の第2代王。段部の人。慕容沖が殺害された際、燕王として擁立された。即位後、昌平と改元するが、まもなく左僕射・慕容恒、尚書・慕容永に殺害された。
陳羣
?-237年。字は長文。豫州潁川郡許昌県の人。陳寔の孫。陳紀の子。孔融に認められて名を世間に知られた。始め劉備に仕えたのち荀彧の推挙で曹操に招聘された。曹操の魏公封爵に従って御史中丞となり、重職を歴任して司空まで昇った。人物鑑定に長けた。九品官人法を建議した。潁陰靖侯。