拓跋寔君
publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19
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生没年不詳。拓跋什翼犍の庶長子。庶子という不安定な立場を拓跋斤に唆され、前秦に対して敗色が濃厚になりつつあった混乱を利用して拓跋什翼犍を殺害した。その後、前秦勝利の大勢は変わらず、捕縛され長安にて処刑された。代の領土は東西に分割され匈奴の鉄弗部と独孤部によって統治された。
関連
司馬昱
320年-372年。字は道万。東晋の第8代皇帝。簡文帝。司馬睿の末子。司馬奕を廃した桓温に擁立されて即位されたためその実は傀儡であった。即位の翌年には病に伏せり「諸葛亮、王導の如くせよ」と桓温へ遺言した。在位は1年に満たない。
蕭子良
460年-494年。字は雲英。竟陵王。蕭賾の第2子。斉代随一の文化人で各種の書物や仏典に通じた。自邸である鶏籠山の西邸には当時の文人たちが多く集まり、著名人は竟陵八友と称される。蕭賾の死後、王融らに擁立される動きがあったが、権力闘争を避け実現しなかった。間もなく死去。
陳頊
530年-582年。字は紹世。陳の第4代皇帝。宣帝。陳霸先の兄陳道談の第2子。陳蒨の死去にあたって劉師知や到仲挙らとともに陳伯宗の補佐を託されるが、劉師知や到仲挙を排除して陳伯宗を廃位し、皇帝に即位した。内政に力を注いだが、北斉を滅ぼした北周に圧迫された。在位13年。