斛律金
publish: 2021-11-05, update: 2026-04-19
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488年-567年。字は阿六敦。朔州勅勒部の人。斛律大那瓌の子。塵を見て敵の数を知り、地を嗅いで敵の距離を測ったという。破六韓抜陵に従ったが降伏して爾朱栄に帰順した。その後、高歓に従い東魏、北斉の変遷の中で自身のみならず一族を繁栄させた。咸陽郡王、左丞相。
関連
黄泓
284年?-381年?。字は始長。魏郡斥丘県の人。黄沈の子。永嘉の乱が起こると薊へ避難し、王浚を昏暴と評し慕容廆に仕えた。天文学に通じ、学者として史官や太史令を務めた。その学識から歴代の謀主や参軍などの相談役、軍師職を兼任した。前燕滅亡時まで健在だったが老齢のため前秦には仕えなかった。享年97という。
曹嶷
?-323年。劉柏根の反乱に従ったが、その死後は王弥の下で前趙に帰順した。王弥が石勒に殺害されると、独立を強めて青州一帯に勢力を築いた。東晋と修好したが、前趙を滅ぼした後趙の攻撃を受けると、各地で撃破されて降伏した。石虎に襄国へと送致され、石勒によって処刑された。
徐栄
?-192年。幽州玄菟郡の人。字や出自は明らかでない。董卓に従って中郎将となった。曹操、鮑信、孫堅らと戦って勝利を重ね、董卓の軍事面を大いに支えた。董卓の死後は王允に従い、長安を攻める李傕、郭汜らを迎撃したが、胡軫、楊定らに裏切られ戦死した。