悦綰 ( えつわん )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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?-368年。鮮卑の人。慕容皝に服属した大人の一人。後趙の遠征を退けるなど一軍を率いて活躍した。并州刺史、尚書左僕射を歴任した。慕容評が悪政を行うと、上奏して多くの不正を摘発した。前秦の侵攻を前に病没するが、慕容評による暗殺の風聞も流れた。

関連

劉昱

463年-477年。字は徳融。劉宋の第7代皇帝。後廃帝、蒼梧王。劉彧の第1子。父劉彧の死後皇帝に即位した。袁粲と褚淵の輔弼を受けた。劉休範や劉景素など皇族の反乱が絶えなかった。権勢を強める蕭道成の誅殺を計画するが、先手を打った蕭道成に殺害された。在位5年。

苻洪

284年?-350年。字は広世。元の姓を蒲とする。氐の出身。前趙、後趙に従い、石虎の代には使持節、都督六夷諸軍事、冠軍大将軍を受任し、西平郡公に封じられた。石虎の死後は冉閔と対立し、関中一帯に自立したが、麻秋に毒殺された。その勢力は子の苻健に引き継がれ、前秦の実質的な創建者と捉えられる。

沈約

441年-513年。字は休文。沈璞の子。竟陵八友の一人。幼少期に父・沈璞を劉俊に殺害された経緯がある。宋、斉、梁の3朝に仕官した。蕭子良に招かれて文学サロンを興隆せしめた。梁の尚書令となるが、晩年は蕭衍の不興を買って、不遇の中病没した。宋書、晋書、斉紀を編纂した。

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