悦綰
publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19
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?-368年。鮮卑の人。慕容皝に服属した大人の一人。後趙の遠征を退けるなど一軍を率いて活躍した。并州刺史、尚書左僕射を歴任した。慕容評が悪政を行うと、上奏して多くの不正を摘発した。前秦の侵攻を前に病没するが、慕容評による暗殺の風聞も流れた。
関連
李班
288年-334年。成漢の第2代皇帝。哀帝。李雄の兄李蕩の子。時の皇帝李雄の甥であったが、李雄は兄李蕩こそが正当な継承者と考えていたため立太子される。李雄の死後その後を継ぐが、皇位継承に不満を持った李雄の子李越に暗殺される。在位は1年に満たない。
劉聡
?-318年。字は玄明。前趙の第3代皇帝。昭武帝。劉淵の四男。劉淵の死後、帝位は長男の劉和が継いだが劉和は兄弟の誅殺を試みた。事前にこれを知った劉聡は劉和を捕え処刑して皇帝として即位した。洛陽・長安を攻略し西晋を滅亡させるも、後年は国を乱した。病により死去。在位9年。
乞伏国仁
?-388年。字は烈祖。西秦の創建者。宣烈王。乞伏司繁の子。隴西鮮卑の出身。前秦から南単于に封じられた。淝水の戦いの前、叔父の乞伏歩頽が反乱を起こすと討伐に当たったが、淝水の戦いで前秦が大敗すると慰留されて状況を静観した。苻堅が姚萇により殺害されると独立した。