禿髪利鹿孤
publish: 2021-11-12, update: 2026-04-19
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?-402年。南涼の第2代王。武王。禿髪思復鞬の子。禿髪烏孤の弟。兄の死後王位を継承する。後秦が西秦を滅ぼすと乞伏乾帰の亡命を受け入れた。後秦に対して臣従しつつ後涼と抗争を続けた。病により死去。
関連
陸抗
226年-274年。字は幼節。呉郡呉県の人。陸遜の子。母は孫策の娘、妻は張承の娘で諸葛恪の姪。陸遜が死去すると建業に赴き父の生前の疑惑を解いた。後に孫権から陸遜の冤罪について謝罪を受けた。荊州に駐屯し羊祜と鎬を削ったほか、個人的な親交を結んで羊陸之交の故事成語を残した。大司馬、荊州牧まで昇る。
司馬元顕
382年-402年。司馬道子の子。無手の父に代わって権力を握って劉牢之や桓玄を懐柔し、王恭、殷仲堪を排除した。政治は乱暴かつ放恣で孫恩の乱を引き起こした。劉牢之や桓玄に見限られ為す術を持たなかった。建康に入った桓玄によって捕縛され父に先立ち処刑された。
蕭綱
503年-551年。字は叔達。梁の第2代皇帝。簡文帝。蕭衍の第3子。兄蕭統の死後立太子された。蕭衍の死後、侯景の監視下のもと皇帝に即位した。侯景の傀儡であったが、侯景政権を認めない諸王の反抗に遭った侯景の保身により廃位され殺害された。在位2年。